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東京地方裁判所 平成元年(タ)429号 判決

原告 大村正次

被告 東京地方検察庁検事正

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が、亡朴秀光(国籍大韓民国、西暦1921年2月20日生、同1984年1月8日死亡)の子であることを認知する。

2  訴訟費用は国庫の負担とする。

二  被告補助参加人らの本案前の答弁

主文1、2項と同旨

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  朴秀光(以下「朴」という。)は大韓民国の国籍を有する者であるが、昭和10年ころ来日し、税理士及び公認会計士の資格を取得して稼働していた。

2  朴は、昭和27年7月ころから、大村文子(以下「文子」という。)と夫婦同様の生活を営み、その結果、文子は懐胎し、昭和31年10月4日、原告を出産した。

文子は、朴と右内縁関係にある間、同様に、大村久生(昭和28年7月31日生、以下「久生」という。)、松本啓子(昭和33年2月23日生、以下「啓子」という。)、大村こずえ(昭和35年3月2日生、以下「こずえ」という。)を出産した。

朴は、文子と婚姻届を出さないまま、久生、原告、啓子、こずえ(以下右4名を「原告ら」という。)及び文子と同居を続け、原告らの父親としてふるまった。

3  朴は、昭和59年1月8日、死亡した。

4  原告らについては、朴が昭和59年1月6日にした死亡危急時遺言(大韓民国民法1070条所定の方式による口授証書による遺言)(以下「本件遺言」という。)により認知されたとして、昭和60年5月7日、朴の遺言執行者である弁護士○○○○によりその旨届出がなされ、原告らの戸籍に、朴により遺言認知された旨の記載がなされた。

5  しかし、被告補助参加人洪栄蘭(朴の妻、以下「補助参加人洪」という。)及び同姜東宇(朴の養子、以下「補助参加人姜」という。)は、昭和63年1月8日、原告らを被告として、東京地方裁判所に対し、本件遺言が無効であることの確認を求める訴え(以下「遺言無効確認訴訟」という。)を提起し、同年11月25日、本件遺言は証人の立会いを欠くとの形式的瑕疵を理由として、これが無効であることを確認する判決が言い渡された。

6  本件は渉外事件であるところ、改正された法例(平成2年1月1日施行以下「改正法例」という。)18条により、子の本国法である日本法によることができるから、原告は、日本国民法787条に基づき、検察官を被告として、原告が朴の子であることの認知を求める。

二  被告補助参加人らの本案前の主張

1  準拠法について

朴が死亡したのは改正法例の施行前であるから、本件については、法例の一部改正法(平成元年法律第27号)の附則2項(経過措置)本文が適用されることになる。

この結果、本件については、改正前の法例18条1項により、父たる朴の本国法である大韓民国民法(以下「韓国民法」という。)及び子である原告の本国法である日本国民法のいずれの要件をも充足することが必要である。

2  出訴期間徒過について

韓国民法864条によれば、父が死亡したときは、その死亡を知った日から1年内に、日本国民法787条ただし書によれば、父が死亡の日から3年以内にそれぞれの認知の訴えを提起しなければならず、このいずれの要件をも充たすためには、朴が死亡し原告がその死亡を知った昭和59年1月8日から1年以内に右訴えを提起しなければならないことになり、平成元年9月6日に提起された本件訴えは不適法である。

仮に、本件について改正法例が適用されて日本国民法のみを準拠法となし得るとしても、本件訴えは、同法787条ただし書に規定する3年の出訴期間を徒過した後に提起されたものであり、不適法である。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、朴が大韓民国の国籍を有する者であることは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2の事実のうち、原告らが出生したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の事実は知らない。

4  同4及び5の各事実は認める。

四  被告補助参加人らの本案前の主張に対する原告の主張

1  本件訴えは、法定の出訴期間内に提起されたものと解するべきである。

すなわち、原告は、法定の出訴期間内である昭和60年1月8日に検察官を被告として死後認知の訴え(以下「前訴」という。)を提起した。前訴は、原告の訴訟代理人であった○○弁護士により取り下げられたが、右取下げは、原告が知らない間に、しかも、補助参加人洪及びその代理人であった弁護士○△○○らの○○弁護士に対する脅迫によりなされたものである。したがって、出訴期間に関しては、本件訴えは、前訴と同一の権利行使であり、前訴の継続したものとみて、前訴の提起時に提起されたものと解するべきである。

2  父と内縁関係にある母により懐胎された非嫡出子については、死後認知の訴えの出訴期間を制限する日本国民法787条ただし書及び韓国民法864条の規定は適用されないと解するべきところ、原告は、文子が朴と内縁関係にある間に懐胎して出産した子であるから、本件訴えについて、出訴期間の制限はない。

3  本件訴えは、民法787条ただし書の例外に当たる。

出訴期間の制限を定めた日本国民法787条ただし書において、出訴期間を3年と定めたのは理論的根拠に基づくものではなく、その立法理由は、身分関係の安定と認知請求者の利益保護の衡量調整にあり、一般に死後3年をもって制限するのが妥当な場合が多いと思われるとの実際的配慮によるものである。したがって、出訴期間に対する例外を絶対に認めないとする趣旨ではなく、認知請求者の利益保護の要請の方が、利害関係人の法的安定性の要請よりも優越すると考えるべき具体的事情が認められる場合は、出訴期間制限の規定は適用されないと解するべきである。本件訴えについては、以下の(一)及び(二)の各事情があるから、出訴期間の制限の例外に当たるというべきである。

(一) 認知請求者が内縁の子である場合は、そうでない場合に比較して、認知請求者の利益をより強く保護すべきところ、原告は、朴の内縁の妻である文子が懐胎した内縁の子であり、日本国民法772条の類推適用を受ける子である。

(二) 認知の訴えを認めないことにより保護されるべき法的安定性の要請は小さい。

(1) 補助参加人らは、朴の生前から、朴には子として原告がいることを知っていた。

(2) 本件遺言についての適法な確認審判、検認手続を経て、昭和60年5月7日、朴の遺言執行者○○弁護士により、朴が本件遺言により原告を認知した旨届出がされ、原告の戸籍に朴により遺言認知された旨記載され、右記載は現在まで維持されている。

(3) 原告らが、朴により遺言認知された朴の相続人であることを前提として、限定承認手続ほか多くの法律関係が形成されてきた。

(4) 朴の遺産は債務超過であり、かつ、原告らは限定承認をしたから、本件訴えが認容されても、朴の相続をめぐる法的関係を覆滅させたり混乱させたりするおそれはない。

4  本件訴えの出訴期間の起算点は、昭和63年11月25日と解するべきである。

死後認知の訴えの出訴期間の起算点は、父の死亡が明らかになりかつ訴え提起が可能な状況になった時というべきであるが、訴え提起が可能な状況になった時とは、認知請求者にとって死後認知の訴えの必要性を認識しうる状態となった時と解するべきであり、法定の出訴期間内に死後認知の訴え提起の必要性を認識せず、しかも右必要性を認識しなかったことにつきやむを得ない事情があるときは、右必要性を認識しうる状態となったときから出訴期間が起算されると解するべきである。原告は、遺言無効確認訴訟において本件遺言書を無効とする第一審判決が言い渡された昭和63年11月25日まで死後認知の訴え提起の必要性を認識してなく、しかも、この点について、次のとおりのやむを得ない事情がある。したがって、本件訴えは、日本国民法、韓国民法のいずれの関係においても出訴期間を徒過していない。

(一) 朴は、昭和59年1月6日、原告らに対して認知する旨口頭で意思を表示し、これに基づいて本件遺言がされ、遺言の確認の審判及び検認の手続を経て、昭和60年5月7日、朴の遺言執行者○○弁護士により、朴が本件遺言により原告らを認知した旨届出がされ、原告らの各戸籍に、朴により遺言認知された旨の記載がなされた。このような経過に照らして、原告らは、本件遺言書が有効であると確信するに至った。

(二) この間、原告らは、昭和60年1月8日、○○弁護士らを訴訟代理人として、それぞれ認知を求める訴え(前訴)を提起した。しかし、○○弁護士は、同年6月14日、補助参加人洪らによる脅迫により、しかも、原告らの知らない間に前訴を取り下げた。原告らは、右取下げの事実を、遺言無効確認訴訟の第一審判決後に初めて知った。

(三) 補助参加人らは、原告らの戸籍に遺言認知の記載がされた日の前である昭和60年3月12日、東京家庭裁判所に対し、原告らを相手方として遺産分割調停の申立てをしたのを初めとしていくつかの裁判手続を提起しているが、いずれの事件においても、原告らが朴に遺言認知された旨一貫して認めていた。また、補助参加人らは、同年6年14日久生を被告として、同月19日啓子を被告として、それぞれ認知無効を求める訴え(以下「認知無効訴訟」という。)を提起したが、同年8月26日いずれの訴えも取り下げた。

以上の経過に照らして、原告らは、右認知無効訴訟の取下げ以降、補助参加人らにおいて、原告らの認知の効力を争わないものと信じた。

(四) 補助参加人らは、昭和63年1月8日になって、突然、原告らを被告として、東京地方裁判所に対し、本件遺言につき遺言無効確認訴訟を提起し、同年11月25日、本件遺言は証人の立会いを欠くとの形式的瑕疵を理由として、その無効を確認する判決が言い渡された。

5  補助参加人らが出訴期間徒過の主張をすることは、次の事情に照らして、信義誠実の原則に反し、権利の濫用である。

(一) 補助参加人らは、昭和60年2月ころには、原告らの認知を内容とする本件遺言の存在及びその無効原因を知っていたにもかかわらず、前訴における原告らの訴訟代理人であった○○弁護士を脅迫して同弁護士に前訴の取り下げをさせたうえ、昭和60年6月に久生及び啓子に対する認知無効訴訟を提起して同年8月に右認知無効訴訟を取り下げた後、原告らとの裁判あるいは第三者との裁判において、原告らが朴から遺言認知された朴の相続人である旨一貫して認めて、同年8月以降はもはや遺言認知を争わないものと原告らを安心させて原告らが再度認知の訴えを提起し得る期間が経過するのを待ち、日本国民法においても韓国民法においても明らかに死後認知の訴えを提起し得なくなった昭和63年1月8日になって遺言無効確認訴訟を提起した。

(二) 補助参加人らが遺言無効確認訴訟を提起した目的は、原告らについての遺言認知の効力を否定することにはなく、原告らから3億円の解決金を取得することにあった。

(三) 朴と補助参加人らとの間には、朴の死亡時には、保護すべき婚姻家庭の実体がなかった。

五  本案前の主張に対する原告の主張に対する被告補助参加人らの反論原告の主張は、いずれも憶測、独自の見解に基づくものであり、争う。

法が父に対する死後認知の訴えについて出訴期間の制限を設けた趣旨は、認知請求者の利益と身分関係の安定という社会的利益との調和をはかることにあると解されるが、日本国民法は、この制限に対して特段の例外を認めておらず、戦争による災害など特に必要な場合は認知の特例に関する法律(昭和24年法律206号)などの特別立法により個別に右制限規定の適用を排除していることに鑑みれば、みだりに右制限規定の適用を排除すべきではないというべきである。したがって、内縁関係にある間に懐胎された子で父子関係が確実であるからといって右制限規定の適用が排除されるものではないし、出訴期間の起算点を動かすことも右制限規定の適用の排除にほかならないから、認める余地はない。

出訴期間の制限に関する右解釈は、韓国民法においても同様である。

さらに、本件において、無効の遺言を顕出させたのは原告らである。また、原告らはいったんは韓国民法に規定する出訴期間の最終日である昭和60年1月8日に認知の訴えを提起したのであるが、これを取り下げたのは原告らの当時の訴訟代理人である○○弁護士であり、原告らが日本国民法の規定する3年の出訴期間内に訴えを提起しなかったのは原告らの不注意によるものであるから、原告らが出訴期間を徒過したことにつきやむを得ない事情があったとして救済する必要もない。

第三証拠

証拠については、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  準拠法について

朴は、大韓民国の国籍を有する外国人であり、原告は日本人と認められる(甲1の2、29、30)から、法例により準拠法に決すべきところ、本件認知の訴えについては、改正法例18条1項により「子の出生の当時の父の本国法」、同条2項により「認知の当時の認知する者又は子の本国法」(同条3項により、認知する者が認知前に死亡したときはその死亡の当時のその者の本国法)のいずれによることもできるものとされている。本件において、「子の出生の当時の父の本国法」及び「認知の当時の認知する者の本国法」はいずれも朴の本国法である大韓民国法であり、「認知の当時の子の本国法」は日本法である。

なお、改正法例の経過規定である附則2項本文には、「この法律の施行前に生じた事項については、なお従前の例による。」とあるが、認知の訴えによる認知の効力は判決確定により生ずるものであるから、事実審の最終口頭弁論期日が右施行日前であるならともかく、認知する者が右施行日前に死亡したからといって右附則2項が適用されるものではないと解される。

二  右各国法における死後認知の訴えの出訴期間の定めは、韓国民法864条においては、父又は母の死亡を知った日から1年内に、日本国民法787条ただし書においては、父又は母の死亡の日から3年を経過する前に訴えを提起しなければならない旨規定されている。

これを本件についてみてみると、原告が認知を求める父である朴は昭和59年1月8日に死亡したこと(甲29)及び原告は同日朴の死亡を知ったこと(原告本人及び弁論の全趣旨)が認められるところ、本件記録によれば本件訴えが提起されたのは平成元年9月6日であるから、本件訴えは、韓国民法864条及び日本国民法787条ただし書のいずれの出訴期間をも徒過した後に提起されたものであるといわざるを得ない。

三  なお、原告は、本件訴えは右出訴期間の制限に抵触せず適法であると主張するので、付言する。

1  本案前の主張に対する原告の主張1について

原告は、朴の死亡の日から1年内である昭和60年1月8日に本件と請求の趣旨を同じくする死後認知の訴え(前訴)を提起し、右訴訟は、同年6月26日に原告の取下げにより終了していることが認められる(甲84の1、丙3)が、本件訴えと前訴とは全く別個の訴訟であり、本件訴えを前訴と実質的に同一のものとみたり、前訴の継続したものとみることはできず、訴訟要件も各別に判断すべきであって、前訴の提起時に本件訴えが提起されたものとみることはできない。

2  本案前の主張に対する原告の主張2について

仮に、文子が朴と内縁関係にある間に原告を懐胎したことが認められるとしても、このことをもって、死後認知の訴えについての出訴期間の制限の例外を認めることはできないと解される(最高裁昭和44年11月27日第一小法廷判決参照)。

3  本案前の主張に対する原告の主張3について

死後認知の訴えにつき出訴期間の制限を定めた日本国民法787条ただし書及び韓国民法864条の立法趣旨は、認知請求者の利益保護の要請と法的安定性の要請という二つの法益の衡量を図ることにあると解される。しかし、右二つの法益の衡量をふまえて出訴期間が明定された以上、右二つの法益に関する個別の事情を具体的事案において彼此衡量して前者の要請が後者の要請に優る場合には出訴期間の制限を適用しないとの解釈をいれる余地はないものというべきであり、原告が内縁の子であるからといって、右結論を異にすべきものでもない。

4  本案前の主張に対する原告の主張4について

(一)  死後認知の訴えの出訴期間の起算点について、韓国民法864条は、「父又は母の死亡を知った日」と規定し、日本国民法787条ただし書は「父又は母の死亡した日」と規定するが、いずれも出訴期間の起算点は明確であるべきであるとの要請から右のように規定されたものと解されることに照らすと、右起算点を「認知請求者において死後認知の訴え提起の必要性を認識しうる状態となったとき」と解する余地はないというべきである。そして、この結論は、仮に、認知請求者が法定の期間内に死後認知の訴え提起の必要性を認識しうる状態とならなかったことにつきやむを得ない事情があるとしても、これによって左右されるものではないと解される(最高裁昭和57年3月19日第二小法廷判決は事案を異にするというべきである。)。

(二)  なお、本件訴えにおいて、原告は法定の出訴期間内に訴え提起の必要性を認識しうる状態とならなかったことにつきやむを得ない事情があると主張するので、この点について付言するに、証拠(甲14の1、2、15、66、74、83、93、各項目末尾の括弧内の各証拠、補助参加人洪本人、原告本人(ただし、以上各証拠につきいずれも信用しない部分を除く。))に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の各事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はないところ、右認定の事実経過によれば、原告において朴の死亡した日であり原告が朴の死亡を知った日である昭和59年1月8日から3年が経過した後に本件訴えを提起したこと、さらには、原告において遺言無効確認訴訟の第一審判決の言渡しがなされるまで死後認知の訴えを提起する必要性を認識しなかったことにつき、やむを得ない事情があったと言うこともできないというべきである。

(1) 補助参加人洪は朴の妻であり、同姜は朴の養子である。(甲29)

(2) 原告らは、昭和59年1月初めころ、前年末に入院した朴が極めて重篤であることを医師から聞き、朴から生前認知を受ける時間的余裕がないと考え、朴に遺言による認知を求めることにした。

(3) ○○弁護士は、朴の遺言作成を久生から依頼され、同月7日朴を病院に訪ねたが、同人はすでに発語能力を失っており、遺言をすることはできなかった。

(4) 久生は、朴が同月8日に死亡した後、朴の遺言を記したメモと称する書面を持参して、○○弁護士に対し、執拗に遺言書の作成を依頼し、この結果、同弁護士は、同月11日、証人として立ち会った事実がないにもかかわらず、△○○○弁護士及び△△○弁護士と共に立会証人として署名押印して朴の遺言書(右遺言書を以下「本件遺言書」という。)を作成した。

(5) 本件遺言については、△△弁護士の申立てに基づき、東京家庭裁判所において、昭和59年3月13日遺言確認の審判がなされ(同年4月14日確定)、同年11月12日遺言書検認期日が開かれて検認された。

(6) 昭和59年12月、久生は○○弁護士から、本件遺言書に問題があり遺言による戸籍記載は難しい、朴の死後1年以内に死後認知の訴えを提起しないと時効になると言われ、当時大韓民国にいた原告及びこずえ、日本にいた啓子の3人に認知の訴えが必要であることを伝えた。久生以外の3人は、久生から、本件遺言は法律的に定められた方法でなされていないので問題があること及び認知を受けるのには別途認知の訴えが必要であることを聞いて認知の訴えを提起することとして○○、△△両弁護士に対する訴訟委任状を作成し、これを久生が取りまとめ、昭和60年1月8日、○○弁護士らが代理人として、原告らにつきいずれも朴の子であることの認知を求める訴え(前訴)を提起した。原告らは、右各訴状において、朴は原告らを認知する旨の口授遺言をしたが、韓国民法の規定の誤解から確認申立ての時期が遅れてしまい右遺言の効力が認められないおそれがあるので認知を求める旨主張した。 (甲84の1ないし3)

(7) 補助参加人洪は、原告らが認知を求めて前訴を提起したことを知り、昭和60年2月15日には○△弁護士に委任して遺言書検認記録を謄写して本件遺言書の存在及びその内容を知るとともに、本件遺言書に無効原因(3人の弁護士の立会いがないこと)があることをそのころ知った。 (甲87の13)

(8) ○○弁護士は、昭和60年4月11日、東京家庭裁判所により朴の遺言執行者に選任され、同年5月7日、朴の遺言執行者として、原告らが朴に遺言認知された旨の届出をし、これが受理されて原告らの戸籍にその旨記載された。原告らは、その直後、遺言認知が戸籍に記載されたことを知った。

(甲1の1ないし4、88の7)

また、その後間もなくして、補助参加人洪も右戸籍記載の事実を知った。

(9) ○○弁護士は、同年6月26日、原告らの訴訟代理人として、前訴をいずれも取り下げた。

(10) 補助参加人らは、原告ら及び第三者に対して提起した裁判手続において、原告らの認知に関して次のように主張した。

イ 補助参加人ら(代理人○△弁護士他)は、昭和60年3月12日、東京家庭裁判所に対し、原告らを相手方として遺産分割調停を申し立てたが、右申立書には、原告らについて遺言認知があるものの現在別件で認知請求裁判が進行中であって原告らは未だ認知されていない、と記載されている。補助参加人ら(代理人○△弁護士他)は、同年6月7日、東京地方裁判所に対し、いずれも久生が代表者である○○商事株式会社ほか2社を相手方として、株主の地位を定める仮処分を申請したが、右申請書には、原告らについて遺言認知があるものの認知裁判が係属中で争いがあって現状では朴の相続人は補助参加人らのみである、と記載されている。(甲69、70)

ロ 補助参加人ら(代理人○△弁護士他)は、同年6月15日久生を被告として、同月20日啓子を被告として、それぞれ朴との父子関係の存在を争って認知無効の訴えを提起したが、実質的な審理に入らないまま、同年8月28日と26日にそれぞれ取り下げた。(甲67、68の各1、2)

ハ 補助参加人ら(代理人○△弁護士他)は、東京家庭裁判所に対し、原告らを相手方として、同年7月3日朴の所有していた株式及び社員権の遺産分割審判を、同日、9月24日及び10月22日にはそれぞれ審判前の保全処分を申し立て、東京地方裁判所に対し、同年11月14日原告らを相手方として相続の限定承認手続き停止の仮処分を、同月19日株式会社○○を相手方として賃借権譲渡禁止の仮処分をそれぞれ申し立てたが、いずれの申立書にも、原告らは朴により遺言認知された共同相続人であると記載されている。

(甲71、72の1ないし3、73、90の10の1)

ニ 補助参加人ら(代理人○△弁護士他)は、同年11月12日、前記○○商事株式会社、○○○○○株式会社らを被告として、所有権移転登記の抹消登記手続等を求める訴えを提起し、右訴状において、原告らを朴により遺言認知された共同相続人であると主張したが、昭和61年6月25日付け準備書面において(代理人△△△△弁護士)、本件遺言の無効を主張して遺言認知の効力を否定し、朴の相続人は補助参加人ら2人のみであると主張するに至った。 (甲89の3、8)

(11) 補助参加人らは、これより先、昭和61年4月12日及び6月20日ころ、○○弁護士及び△△弁護士が本件遺言書の作成経過ひいてはその無効原因について○○△弁護士に対して具体的に供述した各供述録取書を入手した。

(12) 補助参加人ら(代理人○△△弁護士他)は、昭和63年1月8日、原告らを被告として、遺言無効確認訴訟を提起し、同年11月25日、本件遺言は証人の立会いを欠いているとの理由で補助参加人ら勝訴の第一審判決が言い渡され、平成元年9月7日控訴審における和解が打ち切られ、平成2年1月30日控訴棄却の判決が言い渡され、同年10月2日上告棄却の判決により、右第一審判決は確定した。 (甲16、90の1、2の3、丙4の1、5)

(13) 原告は、右和解打切りの前日である平成元年9月6日、本件訴えを提起した。

(三)  さらに、原告は、本件遺言による認知の届出がされ、その旨戸籍に記載されている以上、別途死後認知の訴えを提起しても訴えの利益を欠いてその目的を達し得なかったと主張しているようにも解されないではないが、戸籍に記載されているからといって、無効な身分行為が有効になるものではないから、本件遺言の効力に懸念がある場合には、別途死後認知の訴えを提起することができるというべきであり、右戸籍記載の事実をもって死後認知の訴えの出訴期間の起算点を遅らせる理由とすることはできないというべきである。

5  本案前の主張に対する原告の主張5(権利濫用)について

死後認知の訴えにつき出訴期間を徒過しているかどうかの問題は、訴訟要件であって、裁判所が職権をもって判断するべき事項であり、出訴期間を徒過しているとの補助参加人らの主張もいわば裁判所の職権発動を保す主張にとどまるものであるから、補助参加人らが本件訴えについて出訴期間を徒過している旨主張することをもって権利の濫用であるとする原告の主張は採用することはできないし、前記4の(二)に認定した経過に照らしても、補助参加人らにおいて本件訴えは出訴期間を徒過している旨主張することが信義誠実の原則に反し権利の濫用であるということはできない。

四  以上によれば、本件訴えは、不適法であるから、却下すべきものである。よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安倍嘉人 裁判官 金村敏彦 中山節子)

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